取引終了時により時効期間が変わります
令和2年4月1日に改正民法が施行され消滅時効の定めが改正されました。
令和2年3月31日までに終了した取引の過払金には改正前の民法が,同年4月1日以降に終了した取引の過払金には改正民法が適用されるため,取引終了時期により,時効期間が変わります。
■令和2年3月31日までに終了した取引の過払金の消滅時効
取引終了から10年の経過で消滅時効が成立します。
■令和2年4月1日以降に終了した取引の過払金の消滅時効
次のいずれか早い時の経過で消滅時効が成立します。※
- 取引終了から10年
- 権利行使できることを知ったときから5年
令和2年3月31日までに終了した取引の過払金の消滅時効
令和2年3月31日までに終了した取引の過払金は,取引終了から10年経過しないと消滅時効は成立しません。過払金返還請求できることを知ったとしても変わりません。
例えば,令和2年3月31日に完済し,即日取引履歴も入手して計算し過払金返還請求できることを知ったとしても,消滅時効が成立するのは10年後です。
令和2年4月1日以降に終了した取引の過払金の消滅時効
これに対して,令和2年4月1日以降に終了した取引の過払金は,過払金返還請求できることを知ると,その時から5年と取引終了時から10年の早い方の時の経過で消滅時効が成立するので消滅時効の成立時期が早くなる場合があります。
例えば,令和2年4月1日に完済した場合,過払金返還請求できることを知らなければ時効完成は10年後ですが,直ぐに取引履歴を取り寄せてそれを知ったら,その時から5年で消滅時以降が成立することになります。
※令和2年年3月31日以前から過払い状態だった場合
令和2年4月1日以降に終了した取引ではあるが,同年3月31日以前から過払い状態だった(過払金が発生していた)場合,すなわち,過払金が改正民法施行日をまたがって発生している場合,民法の適用関係には若干争いが生じます。
改正民法は経過措置10条4項で「施行日前に債権が生じた場合におけるその債権の消滅時効の期間については,なお従前の例による」としており,改正民法が適用されるか否かは,債権の発生時期で区別することにされています。過払金債権は,過払金が発生するごとに債権として発生しており,ただ,権利行使ができるのが取引終了時となるに過ぎません。改正民法の経過措置は,適用関係を「債権を行使できる時期」ではなく「債権の発生時期」で区別しており,その趣旨が民法改正により既発生の債権の消滅時効期間が短縮されてしまう不利益を回避するものであると解されることからすると,令和2年4月1日以降に終了した取引でも,同年3月31日までに発生していた過払金についてはなお改正民法の適用があると思われます。その場合,過払金返還債権できることを知ったときから5年経過しても,令和2年3月31日以前に発生していた過払金は,取引終了時から10年経つまで消滅時効は成立しないことになります。
ただ,争いが生じることなので,令和2年4月1日以降に取引が終了した場合は,過払金全部に改正民法の適用があることを前提にして時効完成猶予更新の措置を執った方が安全です。
知ったことの立証責任は貸金業者側にある
令和2年4月1日以降に終了した取引については,貸金業者が5年の消滅時効を主張してくる場合もあるでしょう。ただし,原告が過払金返還請求できることを知った事実の立証責任は貸金業者側にあります。
完済した取引について取引履歴の開示請求をしたり,あるいは貸金業者側から過払金を伝えられたりした場合,その時の交渉記録が証拠提出され,過払金返還請求できることを知ったと認定されてしまうと予想されます。ひとまず過払金があるか調べてみようと考えて取引履歴開示請求をし,その後何もしないで放っておくと,5年の消滅時効の成立が認められるリスクを負うので注意が必要です。
将来,考えられる貸金業者側の主張
2021年現在ではまだ先の話ですが,令和2年4月1日以降に終了した取引について,終了時から5年経ってから過払金返還請求した場合,貸金業者は「過払金は世に周知されていた。超過利率が含まれる取引だったのであるから取引終了で過払金返還請求できることは全然知っていたはず。だから取引終了時から5年で時効が成立する。」と主張してくる可能性はあります。
バカからしい主張ですが,現在でも貸金業者の一部は,「超過利息を否定した平成18年1月13日の最高裁違反は各種メディアで報道され,過払金について弁護士等が大々的に広告していたので過払金は公知の事実になっていた。だから,原告は,債務がないことを知りながら弁済したので,過払金を返還する義務はない。」と主張してきます。裁判では認めらないトンデモ主張の類いですが,法律,裁判例,過払金訴訟実務を知らない人に譲歩を強いる方便にはなります。貸金業者は譲歩を求めることができるなら何だって主張してきます。
これと同様に,「過払金が発生することは公知の事実であったから,原告は取引終了により当然過払金返還請求ができると知っていた。だから取引終了から5年で消滅時効が成立する」と主張してくる可能性はあります。トンドデ主張の類いですが,主張されれば反論が必要になるので,不要な争点が生じないように,令和2年4月1日以降に終了した取引については取引終了時から5年以内に請求した方がよいでしょう。
取引終了が終了していなければ時効は成立しない
個々の過払金返還請求権に時効が迫っているかどうかは,取引が終了したのがいつかによります。一般的に「過払金の返還期限が迫っている」などと言うことはできません。
例えば,今から9年前に完済した場合,9年前に取引が終了しているので,あと1年で時効になりますが,今年完済した場合,時効が成立するのは10年後です(権利行使できることを知ったときから5年)。まだ取引が終了していない場合は,時効期間が始まってすらいません。
これは過払金に限ったことではなく,例えば,貸金業者の貸金債権は,支払い期限から5年で時効になりますが,その貸金債権に時効が迫っているかどうかは,その貸金債権の支払い期限がいつかにより変わるので,一般的に「貸金債権の返還期限が迫っている!」などと世間に向けて宣伝することはできません。過払金も同じです。
過払金の消滅時効は正しく理解し,冷静に請求することが大切です。
「取引終了時」とは?
取引終了時は,以下のいずれかの時になります。
ただし,後述の通り,取引内容によっては,いつが取引終了時であるかが,激しく争われることがあります。
- 完済した取引:完済した日
- 未完済の取引:最後の入出金(返済又は借入れ)
2は,返済が最後で終わっているときはその返済日,借入れで終わっているときはその借入日になります。未完済で現在返済を続けている取引の場合は,最後の入出金(返済又は借入)から10年経っていることは通常ないので,消滅時効が問題になるのは,主に,今から10年近く前に完済した取引や今から10年近く前に返済を止めて放置している取引です。
預り金(お釣り)の返金は取引終了時ではない
完済した後,ATMで多く入れた端数(預り金・お釣り)を後日受け取る場合があります。取引履歴ではその預り金(お釣り)を返した記録が最後に記録されますが,一見,貸付けと見誤るので,取引履歴の見方を熟知していないと,預り金の返金時を取引終了時だと考えてしまうおそれがあります。
しかし,預り金(お釣り)の返還は,裁判では取引終了時とは認定されず,預り金の返還日から10年経つぎりぎりで時効完成猶予措置を執ったが最後の返済日からは10年経っていた場合,裁判では消滅時効の成立が認められると考えておく必要があります。
取引の個数と消滅時効の起算点
10年近く前に一度完済したことがある人は注意が必要
取引終了時から10年で消滅時効は成立するので,1個の取引であれば,最後の取引日から10年経っていなければ消滅時効は成立しませんが,その取引が途中で何度か完済・解約・再開などがあり,取引が複数に分かれる場合,取引毎に取引終了時から消滅時効期間が進行します。
そのため,最後の取引日からは10年経っていなくても,今から10年近く前に一度完済したことがある人は,取引が分断した場合,一度完済した時から10年経っていると,その時までの過払金には消滅時効が成立します。
昨日完済したので,消滅時効は問題にならないと考えていたところ,着手時点から10年以上前に一度完済しており,裁判でその部分で取引が分断すると判断され,一度完済した時までの過払金に消滅時効が成立してしまう例は,少なからずあります。最悪の場合,一度完済後に再開した取引が法定利率内の取引の場合,過払金は発生しないので,結局,回収できる過払金は存在しなくなってしまった例もあります。
そのため,貸金業者は,取引の個数の問題,取引の一連性を必死に争ってきます。
(参考:取引の個数-一連計算と個別計算)
10年近く前に一度完済したことがある人は,その時までの過払金に消滅時効が成立する可能性があることを念頭に,過払金返還請求の着手時期を決定する必要があります。
なお,一部事務所で,過払金の計算において,1個の取引としての請求が可能であるにもかかわらず,貸金業者側の主張に合わせて,最初から取引を複数に分けて計算した額のみを依頼者に報告する例あるので,依頼前に計算方法についての方針を十分に確認しておく必要があります。(参考:過払金減額の「裏協定」問題)
10年近く前に借り入れができなくなった人も注意が必要
次の「過払金の消滅時効を巡る論点」「貸付停止措置について」をご覧ください。
過払金の消滅時効を巡る論点
過払金返還請求権の消滅時効の起算点は取引終了時ですが,いつが取引終了時かは,個々の取引の問題であるため,消滅時効の起算点がいつかが,争点となる場合があります。
なお,一部事務所で,過払金の計算において,消滅時効の起算点を貸金業者側の主張に合わせて計算した額を依頼者に報告する例あるので,依頼前に時効の起算点の捉え方についての方針を十分に確認しておく必要があります。
リボルビング払い方式以外の取引について
過払金返還請求権の消滅時効の起算点が取引終了時である根拠は,発生した過払金をその後の新たな貸付金に充当する合意(過払金充当合意)があるからです。ここで,特に1回払い方式の場合,貸金業者から1回払い方式については過払金充当合意があるので,取引終了時でなく,過払金発生時から個別に消滅時効期間が進行すると主張される例が多くあります。消費者金融系の貸金業者の取引はほとんどリボ払いのため,この主張は,主に信販会社系の貸金業者(オリコ,ニコス,クレディセゾン,ジャックス等)からされます。
貸付停止措置について
リボルビング払い方式の取引でも,支払いを滞ったことから,途中で貸付を停止され,返済のみを続けていた場合,最後の取引日からは10年経っていなくとも,貸付を停止した時から消滅時効期間が進行すると主張されることが,最近多くあります。
これは,上記最高裁平成21年1月22日判決が,過払金の消滅時効が取引終了時から進行する根拠として,過払金充当合意には,新たな借入金が見込まれる限り過払金をその都度請求しない合意が含まれていることを挙げているためです。
そのため,新たな借り入れができなくなった時点から,消滅時効が進行するという主張が出てきます。
裁判実務では単に貸付停止措置がとられているという事実のみで,貸付停止時から消滅時効が進行すると判断されることはまずありませんが,他の事情とあわせて貸金業者の主張を認めた裁判例が一部下級審レベルであります。
また,争点になるだけで,回収まで時間がかかったり,譲歩を強いられたりする恐れがあります。
そのため,10年近く前に新たな借入れができない状態になり,その後返済だけを続けている方は,不要な争点が生じないように,新たな借り入れができなくなった時から10年経過する前に着手することが重要になります。
貸金業者側の時効主張に沿った「過払金調査」「無料診断」に注意
~ 特に1回払い方式について ~
最近は,「過払金調査」「無料診断」などを謳って,過払金の調査(履歴取寄と計算)を引き受ける事務所が多数見られます。調査の結果,過払金があれば,過払金返還請求を受任して回収するというものです。
ところが,一部の事務所の「過払金調査」「無料診断」では,貸金業者側の立場による時効の有無を判断している例があります。
具体的には,例えば,貸金業者が10年前に一度完済している部分で消滅時効を主張する場合(あるいは予想される場合),実際には最高裁判例に照らして,一連の取引と十分認められる取引であるにもかかわらず,貸金業者側の主張に沿って,依頼者に,「一度完済した部分までの過払金は時効です」などと報告する例があるということです。
特に,最近問題なのは,信販系の貸金業者に多い「1回払い方式」の取引です。
1回払い方式について,裁判実務では,一連の取引と認められるのがほとんどです。ところが,裁判実務を無視して,過払金発生毎に消滅時効が進行するという貸金業者側の主張に沿って消滅時効の有無を判断して,依頼者に,調査の結果を伝える例が多くなっていることです。
実際に,ある信販系貸金業者について,ある事務所へ調査を依頼したところ,キャッシング取引には過払金はなく,ショッピング取引の債務約55万円があると回答され,再度,当事務所に依頼し直して,調べたところ,キャッシング取引には約100万円(過払金利息含めて140万円)の過払金がある事案であることが分かり,訴訟をした結果,過払金をショッピング取引の債務と相殺して,86万円を回収した例があります。この例では,その事務所は,1回払い方式の過払金は,発生毎に消滅時効が進行するという貸金業者側の立場に立っていたため,10年以上前に発生している過払金には消滅時効が成立し,10年以内の利用分はすべて法定利率内なので過払金は発生しないと判断していました。
しかし,1回払い方式については,一連の取引と認められるのが多数派であり,最初から,貸金業者側の立場で,時効の成否を判断すべきものではありません。債務が55万円残るのと,過払金86万円の返還を受けるのでは雲泥の差です。
つまり,仮にその事務所が,争点がなく手間なく容易に回収ができる事案だけを選別して受任しようとすると,貸金業者側が争ってくる取引については受任を避ける必要があるので,敢えて貸金業者側の立場で消滅時効の成否を判断することになるということです(単なる経験・能力不足の場合もありますが)。
どこに計算(調査)を依頼しても計算結果は同じだと思うと,知らないうちに,回収可能な過払金を請求すらせず放棄している恐れがあります。
時効の成否の判断は,信頼できる専門家へ依頼して判断してもらう必要があります。
消滅時効完成の猶予・時効期間の更新方法
消滅時効はその完成を猶予させ,また更新させることができます。時効が猶予されると猶予期間が終わるまで時効は完成せず,更新すると更新時から新たに時効期間が進行することになります。
時効の猶予,更新方法についてはすべて改正民法が適用されます。
過払金返還請求実務で,時効完成の猶予・更新方法として行われるのは,主に以下の2つです。
訴えの提起による時効完成の猶予
時効期間が経過する前に訴えを提起(提訴)すれば,訴訟が終わるまで消滅時効の完成は猶予されます。そして,判決又は和解が成立すればその時に時効は更新されます。提訴は時効完成を阻止する原則的な方法です。
ただ,過払金の額を把握しておらず,あるいは把握していても提訴までの準備期間がない場合は,次の方法が採られます。
催告による時効完成の猶予
時効期間が経過する前に催告すれば,催告から半年間は消滅時効は完成しません。半年間時効の完成を猶予させ,半年経つ前に提訴すれば,今度は提訴により時効完成が猶予され,判決又は和解により時効期間が更新されることになります。
催告とは,債務の履行を求める意思の通知で,通常は返還請求をすることです。催告した事実を立証しなければならないので,催告は,配達証明付きの内容証明郵便で行うのが一般的です。
今日時効期間が満了する場合など内容証明郵便では間に合わないときは,FAXで催告し,FAX機の通信管理レポート等,相手方に送信された記録を確保します。
催告日は,催告書が相手に到達した日です。
注意が必要なのは,催告しただけでは半年間時効の完成が猶予されるだけなので,半年間放っておいたら時効が完成します。そのため,催告日から半年以内に提訴して,提訴により時効完成を猶予させる必要が生じます。
この点,催告で時効が更新される(更に10年又は5年伸びる)と勘違いして催告から半年経過させてしまわないように注意が必要です。
受任通知と催告
受任通知を送り,取引履歴の開示を受けたところ,受任通知時には時効期間は経過していなかったが,取引履歴開示時には時効期間が経過していた場合があり,このとき受任通知が催告に当たるかという問題が生じます。
弁護士は,催告に当たる文言を記しておくので問題は生じませんが,単なる受任通知や曖昧な内容だと催告に当たらないと判断されるおそれがあります。
なお,催告とは,「債務者に対して履行を請求する債権者の意思の通知である」(我妻栄「新訂民法総則(民法講義Ⅰ)」ほか)。「この催告は,後日さらに明確な更新事由の生ずることが要件とするのだから,広く解するのが至当である」(同書)。「一般に債権の詳細を述べて請求する必要はな(い)」(我妻栄・有泉亨ほか「コンメンタール民法 総則・物権・債権」)ので,具体的な金額の明示ができなくても,債務の履行を求める意思の通知であれば催告に当たります。金額の明示がない請求は「全額」の意であり,また,通知時に金額が不明であれば「発生している過払金全額」の返還を求めておけば,明確になります。
なお,当事務所では,催告文言のある受任通知を送っていますが,さらに,時効が迫っていると分かっている事案については,受任時点で,受任通知とは別に,過払金全額の返還を求める「催告書」と題する書面を送ります(単に返還を求めるのみで取引履歴開示請求文言も入れません)。これにより後に貸金業者から「受任通知」は催告にあたらないとか,取引履歴開示請求の趣旨だなどと主張されることを避けることができます。
取引履歴開示請求だけでは時効は猶予されない
過払金があるかひとまず調べようと考えて貸金業者に取引履歴の開示請求をしたところ,履歴の開示を受けた時は時効期間が経っていたという相談例があります。
取引履歴の開示請求は,それ自体は,過払金返還債務の履行を求める意思の通知ではないので,催告に当たらないと考えておく必要があります。
10年近く前に完済した取引や消滅時効が問題となりうる事案については,ひとまず取引履歴を取り寄せておくのではなく,すみやかに返還請求に着手する必要があります。
取引履歴が開示されたら「途中完済の有無」「最後の貸付日」「最後の弁済日」を確認
「最後の貸付日」までに更新措置をとるのが重要
預り金返還日,債権放棄日は「最後の弁済日」ではない
最後の弁済日(完済日)から10年経過するまで,まだ時間があるからといって,安心してはいけません。
まず,取引が分断すると分断された取引毎に,消滅時効が進行するので,取引履歴を見て,途中で完済した部分があるときは,それが分断する可能性が低いものであったとしても,消滅時効の争点を生じさせないため,途中完済日から10年経つ前に時効完成猶予の措置をとることが重要です。
次に,分断の争点がなくとも,貸付停止措置がとられたときから消滅時効が進行するという争点を生じさせないため,最後の貸付日から10年経過する前に時効完成猶予の措置をとることが重要です。例えば,完済日からはまだ8年しか経っていなかったとしても,最後の貸付日からあと1週間で10年経過するなら,1週間以内に時効完成猶予の措置をとるということです。履歴上は,単に借り入れをしなかったのか,貸付停止措置がとられたのかは分かりませんが,取引履歴を見て,最後の貸付日から10年経過が迫っているときは,その期間が経過する前に措置をとった方が安全です。
最後に,完済取引については,取引履歴に記載されている最後の取引が預り金(おつり)の返還になっている場合があります。また,端数の約定残高を放棄した記録になっている場合があります。裁判では,おつりの返還日や端数を放棄した日ではなく,最後に入金した日が取引終了日と判断されると考えておく必要があるので,最後の取引が預り金(おつり)の返還や債権放棄額になっている場合は,最後の入金日から10年経過する前に時効完成猶予の措置をとる必要があります。
時効が心配なら,訴訟回収中心の弁護士を選ぶのが賢明
上記の通り,時効完成を阻止するには訴訟提起が不可欠です。
そのため,時効猶予・更新方法を正確に理解しており,速やかに提訴してもらえる訴訟回収中心の事務所へ依頼することが大切です。
また,司法書士の場合,過払金の額が140万円を超えると扱えなくなるので,予想外に高額の過払金が発生している場合,弁護士への切替などのために,速やかな提訴ができないおそれがあるので,権限に制限のない弁護士へ依頼する方が賢明です。
改正民法と過払金の消滅時効
平成29年5月26日改正民法が成立し,令和2年4月1日に施行されました。
改正法では,
- 債権者が債権を行使することができると知った時から5年
- 債権を行使することができるときから10年
で,消滅時効が成立します(改正法166条1項)。いずれか早い方で成立するので,債権を行使することができる状態になったと同時にそれを知った場合が最短となり,債権を行使することを知らないまま10年経過した場合が最長となります。
現行法では,過払金は債権を行使することができるときから10年で時効になりますので,改正民法では,知った時から5年で時効が成立する場合が加えられたことから現行法よりも短期間で時効が成立する場合が発生することになります。
では,改正民法施行と同時に,すべての債権の時効期間が変更されるかというと,そうではありません。
改正民法の付則に経過措置の定めがあり,改正民法の施行日前に債権が生じた場合はその時効期間は現行民法の規定が適用されます(改正法付則10条)。そのため,施行日前に完済して発生した過払金は,従前通り,完済から10年で時効になります(施行日後に,権利行使できることを知ったとしてもそこから5年で消滅時効が成立することはありません)。これに対して,施行日後に完済して発生した過払金は,改正民法が適用があり,途中で権利行使できることを知ったらそのときから5年で消滅時効が成立することになります。
そのため,取引が複数に分かれる場合で,前の取引は施行日前に終了し,後の取引は施行日後に終了した場合,前の取引の過払金には,現行民法の時効期間の規定が,後の取引の過払金には改正民法の時効期間が適用されます。そのため,分断取引では事案によっては,施行日後に発生した過払金の方が,施行日前に発生した過払金の方が早く時効が成立する事態も生じ得ます。
施行後に履歴開示請求した場合のリスク
改正民法の施行後,その適用がある過払金については,貸金業者は,権利行使可能であること顧客が知っていたことを立証できれば,知った時から5年間の短期の消滅時効を主張できることになるので,顧客が取引履歴の開示を受けた場合,開示時点で顧客は過払金返還請求権を行使できることを知ったと主張してくる可能性があります。
ただし,過払金充当合意のある取引では取引終了時から時効期間が進行するので,施行日後に返済中の取引について取引履歴を取り寄せてその時点で過払い状態であることを知ったとしても,取引が終了するまでは消滅時効期間は進行しません(債務がないことを知って支払ったので返還義務はないという非債弁済を主張される問題はあります)。
一連取引の方が不利になる場合も(貸金業者と請求者の立場のねじれ)
現在の過払金実務は,ある意味では,消滅時効が成立する過払金を多くできれば貸金業者側の勝ち,消滅時効が成立する過払金が少なくできれば請求者側の勝ちということができます。現行法では,一連取引は,消滅時効が成立する過払金が少なくなり,分断取引は,消滅時効が成立する過払金が多くなります。そのため,現行法下では,請求者側は一連性を,貸金業者側は分断を主張します。
ところが,改正民法施行後は,一連取引とされると消滅時効が成立する過払金が増え,分断取引とされた方が消滅時効が成立する過払金が少なくなる場合が生じ得ます。
例えば,改正民法施行日の2年前に一度完済し(第1取引),再開して一旦過払状態が解消され,施行日の1年後に完済して再度過払状態になった場合(第2取引)に,過払金返還請求できることを知って5年後に提訴したとします。
このとき,第1取引と第2取引が一連の取引であれば,過払金は施行後に発生しているので,すべての過払金に改正民法が適用され,知ってから5年経っているため全ての過払金に消滅が成立します。これに対して,分断取引の場合,第1取引の過払金には現行民法が適用され,第2取引の過払金には改正民法が適用されるため,第2取引の過払金には消滅時効が成立しますが,第1取引の過払金は取引終了から8年しか経っていないので消滅時効は成立しない場合が生じます。この場合,請求側は,分断取引であると主張する方が利益になり,貸金業者側は,一連取引であると主張する方が利益になり,これまでの一連性を巡る貸金業者と請求者側の立場が逆転します。
その他の場面でも,同様の現象が生じる可能性があるので,改正民法施行後は,改正民法の適用の有無を確認した上で,争点への対応を決めていく必要があります。